私は、内部監査とマネジメントレビュー、そして、品質方針と品質目標をPDCAで回すことで、社員や会社のレベルが上がり、顧客満足の改善を継続的に追い求めることができるようになると考えています。
この様な考えの私ですが、時には次のように自問することがあります。
マネジメントレビューと内部監査で、本当に会社を変えることができるのだろうか?
繰り返される不具合や、内部監査や審査で落ち込みそうなことが起きた時に、心の中でつぶやくことがあります。
内部監査で会社を変えていくって、夢物語なのかなぁ~。
私は、管理責任者の仕事は、経営とは違う形で会社を変えることができるやりがいのある仕事だと考えています。
ここでは、内部監査とマネジメントレビューで社員や会社をよりよくしていくことができると信じている「はかせ」が、くじけそうになった時の心の動きについて紹介します。
よくなりつつあったのに戻ってしまう理由
「よくなりつつある」ということは、「変わり始めている」ことでもあります。
変わりはじめるには、時間がかかります。そして、変わりはじめても、定着(習慣化)する前に元に戻りはじめると、それこそあっという間に元に戻っていきます。
元に戻ってしまう大きな力の1つは、変化(変わること)への無意識の抵抗というか、悪気はないのですが変えるのは面倒なので変えたくないなといった気持ちによるものです。
不具合対策を例にすれば、「そこまでやらなくても・・・。」や「もういいいんじゃない。」といった声が出てくると、対策開始前の状態に戻ってしまいます。
よくなりつつあったことが戻る時
内部監査や外部審査、あるいは、不適合や不具合対策などで、是正対策や再発防止策に取り組み始めます。
もちろん内容にもよるのですが、例えば、ある部署が業務改善の一環である対策をはじめます。1年目は、改善の理由と対策を試行、2年目に通常業務の1つとして実施するようになり、順調な様子でした。
この状態なら3年目には定着して習慣化しそうだと判断し、次の目標についてどの様に進めようかと考え始めた頃、通常業務の中で何かが変なこと(順調に進んでいたことが元に戻っているような違和感)に気づきます。
そして、その違和感が、内部監査や外部審査を通じて確信に変わっていくことがあります。
変化のはじまりは、小さく静かに、時の経過とともに変化が加速していき、問題(従来と同じ問題)が表面化してくるのですが、この時にはすでに手の打ちようがなくなっていることが多いのです。
不具合に例えると、次の様なことが次々に起きていきます。
- 以前と同じ程度の不具合(問題)が発生する。
- 同じ様な対応をしたが、今のお客様(ISOでいう利害関係者)は、納得しない。
- 納得しない理由でありがちなのが、たいていお客様や問題に正面から取り組まず、前回同様の対応で大丈夫だろうといった思い込みによる初動のミスです。
- 初動のミス、つまり、不具合が発生しているのにお客様の立場になって、最善の方法を打っていかないと、お客様に不信感をもたれ、いわゆるこじれることになります。
- こじれてしまうと、会社対会社の問題になるので、窓口の営業や関連部署では対応できなくなる。
- こうして、不具合なら品証が何とかしろと言われる。
視点を変えると、当事者意識がなくなっていく状態ともいえます。
当事者意識がなくなってくると
当事者意識がなくなってくると、他部署で起きた不具合は、自部署では起きないと考え、自部署では起きない理由を考えはじめます。
不具合が発生したら、とりあえず一報いれるように品証から営業に機会あるごとに伝えていて、他部署で不具合が起きても、当事者にならない限り個人でも部署でも自分事としては考えないようです。
担当営業にとっては初めての不具合でも、お客様にとっては同じ会社の不具合として認識されることに気づかないようです。
目先の事象(不具合やトラブル)をどうするかだけに注目してしまい、お客様の立場を考えることがなくなり、結果的にお客様からは話を聞いてくれないといった不満が積み重なることになります。
こうなってしまうと、不具合やトラブルを解決したくとも動きが取れなくなってしまいます。それでもどうにかしないといけないため、不具合原因を調べ対策を検討し、事態収拾の落とし所を探しつつお客様とやりとりをしていくことになります。
重大クレームは間違いなく担当することになるので、社内関係者から情報を集めたり、まずはお客様との関係構築からはじめることが少なからずありました。
管理責任者としてどうするか
不具合やトラブルに対して当事者意識が薄れ、自分事としてとらえなくなってくると、例えば、内部監査では次の様なことが表に出てくるようになります。
- 規定通りにやっていないことに対し、規定通りにやる必要があるのか、自部署でやらないことには触れずに、言い訳することですまそうとする。
- 指摘に対して、規定に定められている対応をするのではなく、指摘として言われたことしかやらない。そのことについて指摘すると、個人名を出して「Aさんに○○と言われました。」といった対応をする。
この様な対応をされると、内部監査員にも悪影響(反発やあきらめなど)が出ます。
内部監査責任者や管理責任者としては、有効な対策を打てないため、対応の難しい問題となります。
私の場合、内部監査責任者として監査報告書に明記し、やらないことに対して何とかしてやったようにすることは求めず、事実のまま報告するようにしています。
一部の部署の話なので、会社全体としてのQMSには問題がなく、個別の事象(イレギュラーなケース)として扱うことにしています。
内部監査責任者や管理責任者としては、次の様な自問自答を繰り返すことになるのですが、ある程度割り切りが必要になってきます。
- 顧客満足や継続的改善には程遠い状況だけど、一部の部署のことなので割り切るしかないか?
- クレーム対応が事務的になっていないかには注意しよう。
また、経営層(社長)への報告から一歩踏み込むと仮定すると、
- 経営層(社長)のバックアップが必要だと思うけれど、ちょっとまて、社長がバックアップというかフォローがあれば、改善できるの?
- 社長の指示とか判断というのは、直接言われた人は限られるので、自分に都合よく解釈し、利用するケースがでてくるのでは?
こうなってくると、
- 結局、人の問題になるのか?
- しかも管理職の問題になる。
さて、どうしたものかと振り出しに戻るのでした。
どうにもならないことはあります。
そんな時は、「積極的にあきらめる」という判断をして、この判断に助けられているようなきがします。
結局、内部監査で社員や会社を変えられるのか?
ここまで、まとまりのない話になってしまいました。
「内部監査で社員や会社を変えられるのか?」
という問いに対しては、
限界はあるけれど、
内部監査という手段があるのだから、
顧客満足や継続的改善をあきらめないで、
社員や会社をよくしていこう。
と考えています。
まとめ
私は、内部監査とマネジメントレビュー、そして、品質方針と品質目標をPDCAで回すことで、社員や会社のレベルが上がり、顧客満足の改善を継続的に追い求めることができるようになると考えています。
それでも、繰り返される不具合や、内部監査や審査結果で落ち込み、「内部監査で会社を変えていくって、夢物語なのかなぁ~。」と心の中でつぶやくことがあります。
ここでは、内部監査とマネジメントレビューで社員や会社をよりよくしていくことができると信じている「はかせ」が、くじけそうになった時の心の動きなどについて以下の項目で説明しました。
- よくなりつつあったのに戻ってしまう理由
- よくなりつつあったことが戻る時
- 当事者意識がなくなってくると
- 管理責任者としてどうするか
- 結局、内部監査で社員や会社を変えられるのか?