航空・宇宙のモノづくりにおいて、実際どのようなことが求められているのかを知るヒントとして、日本の宇宙開発の主役である宇宙航空研究開発機構(JAXA)で公開されている「JAXA共通技術文書」の中に、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」があります。
ここでは、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」を参考にして、モノづくりの不具合の1つでありながら、非常に悩ましい課題でもあるヒューマンエラーの分析についてまとめています。
- ヒューマンエラーによる不具合に至る経緯の整理や問題点の識別方法:「バリエーションツリー」と「いきさつダイヤグラム」
- 問題点に対する要因の抽出方法:「なぜなぜ分析」と「PSF(Performance Shaping Factors)法」
航空・宇宙のモノづくりにおける品質保証の一端を知るきっかけにもなりますし、航空・宇宙以外のモノづくりの参考やヒントにもなるのではないでしょうか。
ヒューマンエラー分析の前に
不具合が起きてしまった、あるいは、ヒューマンエラーが起きそうな要因が事前に分かった場合には、ヒューマンエラーの原因を調べ対策を検討します。
いきなり、原因や対策について調べたり考えはじめたくなる気持ちは分かるのですが、まずは、ヒューマンエラーになった過程を明確にすることがポイントです。
実際にヒューマンエラーが起きると、時系列で、誰が、何をして、その結果どうなったのかを客観的に書いてもらいます。
自分の言葉で書いてもらうことが重要です。
自分の言葉で書けば、何が起きたのかを冷静(客観的)に受け止めることができ、何をすればよいのかについても、今すべきこととこれからやることに分けることに気づくことにもなるからです。
ヒューマンエラー起因の不具合が発生した場合に、対策を立てるための分析手法について、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」で紹介されているヒューマンエラーの分析方法を紹介します。
ヒューマンファクタ分析ハンドブック(JAXA共通技術文書)とは
JAXA安全・信頼性推進部のWebサイトには、JAXA共通技術文書が公開されています。
JAXA共通技術文書の中から、「2.技術要求・ガイドライン文書」の「1.共通」の1つに文書に、「JERG-0-018 ヒューマンファクタ分析ハンドブック」があります。
ヒューマンエラー起因不具合の分析方法
ヒューマンエラー分析の基本的な考え方として以下のことがあります。
- 業務に精通している人であれば、誰でも簡単に用いることができるような手法を提供する(手法の簡易性)。
- ヒューマンエラーが単独ではなく、複数の要因が連鎖して発生することを前提として、ヒューマンエラーに至る経緯を明らかにする。
- 原因と結果という固い論理で考えすぎない。
- 責任追及ではなく、対策指向で分析に臨む。
これらは難しいことや特別なことではありませんが、実際にヒューマンエラーが起きて原因調査や対策の検討を始めた際には、逆に次の様な状態にならないよう注意が必要です。
- 対策を完璧にしようとして、実際にやる人のことではなく完璧な手法を選んでしまう。(特定の人しか分からない手法なので、ヒューマンエラーに関わる全ての人が取り組めなくなってしまう。)
- ヒューマンエラーの要因を分解して、個々の要因に対して取り組んでしまう。(関連性のある要因であることが抜けて、せっかく対策しても再発してしまう。)
- 原因と結果を対にすることに注目し過ぎて、本当の原因や結果を見誤ってしまう。
- 責任を追及してしまい、再発防止につながる活動ではなくなってしまう。
「ヒューマンエラーに起因する不具合」を分析するので、
- 不具合がヒューマンエラー起因かどうかを判断すること
が、分析のスタートとなります。
下図は、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」から引用した不具合分析フローと分析手法の一例の図です。
図 不具合分析フローと分析手法の一例
出典:JAXA安全・信頼性推進部のWebサイトのJAXA共通技術文書「JERG-0-018 ヒューマンファクタ分析ハンドブック」(p.19)より
以下、
不具合に至った経緯の整理と問題点の識別方法について、バリエーションツリーといきさつダイヤグラムと、問題点に対する要因の抽出方法について、なぜなぜ分析、PSF法などについて説明します。
不具合に至る経緯の整理と問題点の識別方法
不具合に至った経緯の整理と問題点の識別方法について、以下の方法について説明します。
- バリエーションツリー
- いきさつダイヤグラム
バリエーションツリーといきさつダイヤグラムの使い分け
バリエーションツリーといきさつダイヤグラムは、両方とも不具合い至るまでの各作業(プロセス)、判断、状況などの全体を図で表すものです。
2つの分析手法に共通する注意点を列挙します。
- 個人で分析する場合、分析結果は、分析者(個人)の考え方による偏りが生じやすいため、複数人で分析し、複数の関係者で分析結果の確認を行います。
- 不具合を客観的に記述することで、誰にとっても不具合の構造が明らかになり、多くの意見を聞くことができます。
- 誤った分析結果や偏った分析結果になることを防止するためには、共通認識をもつことは重要です。
バリエーションツリーといきさつダイヤグラムの使い分け
全体像を理解しやすいバリエーションツリーは、以下の様な場合に適しています。
- インタフェースの調整や連絡や複数部門間のやり取りなど、情報の流れ(コミュニケーション)が比較的多い場合
- 不具合に至るまでの時間が長期間となる場合(例:開発の中断など)
- 人が入れ替わる変更が多い場合
なお、不具合発生経緯を全面的に見直すため、分析には不具合内容がよく分かるメンバーを入れた方がよい。
いきさつダイヤグラムは、以下の様な場合に適しています。
- ある作業の工程内で発生した場合
- 1~2部署間のやり取りによるヒューマンエラーにより発生した場合
この様に、いきさつダイヤグラムは、バリエーションツリーよりは簡単に記述できるため、次の様な場合に適しています。
- 作業工程フローをベースにして不具合に至る経緯を整理できる場合
- 比較的不具合の規模が小さい場合
いきさつダイヤグラムは、1つの図に通常作業ステップと問題点、および要因を書き込めるため、第三者への説明資料や現場の事例教育資料にも適しています。
また、ヒューマンエラー当事者の自己反省ツールとして利用する場合もあります。
バリエーションツリー
バリエーションツリーによる分析の基本的な考え方について説明します。
バリエーションツリーの詳細は、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」をご参照ください。使い方や注意点などについて分かりやすく書かれています。
バリエーションツリー分析法(VTA:Variation Tree Analysis)は、どちらかと言えばハードウェアを対象とするFTA(Fault Tree Analysis)などの分析方法の欠点を、不具合事象の関連性を時系列で記述することにより補う分析法です。
「事象のチェーン」と呼ばれる流れを捉えて、事故や不具合の発生過程を記述します。
バリエーションツリーの基本的な考え方
バリエーションツリーの基本的な考え方では、次のことを前提としています。
- 普段通り(いつも通り)に作業が行われた場合には、不具合は発生しない。
- 不具合が発生した場合には、次の様な通常通りではない作業や状態が存在している。
- いつもとは異なる作業の連絡をしていた。
- 連絡が伝わっていなかった。
バリエーションツリーでは、「通常と異なるもの(総称して「変動要因(ノード)」といいます)」を、次の様に時間経過に沿って記述します。
- 正常な状態・判断・作業などから外れたものを変動要因(ノード)として探ります。
- 変動要因を鎖のようにつなげることで、どのようにして不具合に至ったのかを図式化します。
- 図式化されたツリーの中で、変動要因を取り除いたり、変動要因が連鎖することを断ち切ることで、不具合に至るのを防止できないか考えます。
バリエーションツリー作成に当たっては、特定の要因をはじめから決めつけず(思い込みをの無い様に)に、現場調査やインタビューを行い、事故などの記録から必要な情報を得ていきます。
調査では、「通常とは異なるもの」に注目し、漏れがないように注意します。
以下、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の「6.2.1 バリエーションツリー」の中で、一般的な不具合調査のヒントになると思ったことを紹介します。
不具合調査時の心構え:不具合調査の8ヶ条
不具合調査時の心が前としえ、以下の8ヶ条を紹介します。
- 発生した事実を否定してはならない
- 「~はず」「~であるべき」は禁句
- 発生した事象から真実を学べ
- 現場から習え、現場は重点事項の宝庫である
- 言わざる、聞かざるして見よ(先入観にとらわれるな)
- 不具合発生時の環境、雰囲気で考えよ
- しつこさを持て
- 不具合の要因は一つであるということは稀である
いきさつダイヤグラム
いきさつダイヤグラムによる分析の基本的な考え方について説明します。
いきさつダイヤグラムの詳細は、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」をご参照ください。使い方や注意点などについて分かりやすく書かれています。
いきさつダイヤグラムは、不具合に至るまでの「いきさつ(経緯)」を、発生したエラーと発生要因などの経緯を示すために、次の項目を順序立てて示すことができる、比較的簡単だと言われている方法です。
- 前後の作業ステップ
- 発生したエラーまたは困った現象
- エラーの要因
言葉を変えると、いきさつダイヤグラムを使うと、
- ヒューマンエラーや問題点を、作業ステップの正常な流れからの逸脱(脱線)として抜き出すことで、エラーの輪郭(具体的なイメージ)をはっきりさせることができます。
- どういうエラーが、どこで、どうして、どういう風に生じたかを簡潔に視覚化することができます。
不具合に至った経緯をわかりやすく示すことが、いきさつダイヤグラムによる分析のねらいです。
いきさつダイヤグラムの利点は、不具合の経緯を表すにあたり、次のことを 11枚の紙にコンパクトに表現できることです。
- 本来のあるべき姿(作業・工程の本来の流れ)のどの段階で、困った現象やヒューマンエラーが起きた(あるべき姿から逸脱した)のか
- 逸脱してしまった事象の要因は何か
問題点に対する要因の抽出方法
問題点に対する要因の抽出方法として、以下の方法について説明します。
- なぜなぜ分析
- PSF法
詳細は、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」をご参照ください。使い方や注意点などについて分かりやすく書かれています。
なぜなぜ分析
品質管理活動や不具合分析などでおなじみの「なぜなぜ分析」とは、事故や不具合の要因を規則的に、順序よく、漏れなく抽出するための次の様な手法です。
- 事象の経緯を整理することで明らかになった問題点やエラーに対し、「なぜ」発生したかと問い要因を考えます。
- 「なぜ」、「なぜ」と要因を追及し、再発防止対策に結びつくまで繰り返します。
「なぜなぜ分析」は、特別な知識や訓練を必要としないとも言われますが、慣れないと難しいです。
自動車メーカーなどでは教育・訓練をしているので「なぜなぜ分析を5回」とかできるのでしょうが、私は「あまり深く考え過ぎないで、なぜなぜを3回繰り返してみてください」と言うようにしています。
なぜなぜ分析は広く知られており、不具合などの根本的な要因を追求するために効果あるように思われます。
しかし、実際に「なぜなぜ分析」を行ってみると、なぜなぜを繰り返していくうちに、何をしているかが分からなくなってしまうことが少なくありません。
「なぜなぜ分析」が難しい理由の1つとして私が考えているのが、
- 「最初の「なぜ」を考える時に、事象をどの様に設定するか(言葉にするか)が簡単ではない。」
ことです。
このため、不具合の原因と対策の際に、「なぜなぜ分析」に慣れていない人が取り組む際には、次の様な助言をしています。
- 「なぜ」、「なぜ」は、3回までとする。
- 考え過ぎない(直感的に思ったことでもよい)
- 必ず紙に書く
- いきづまったら「なぜなぜ分析」をやめて相談してください。
「なぜなぜ分析」は一見簡単そうに見えますが、使いこなすにはそれなりの知識や経験も必要なので、原因と対策を検討する1つの方法として使ってみてくださいというスタンスです。。
以下、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の「6.3.1 なぜなぜ分析」の中で、一般的な不具合調査のヒントになると思ったことを紹介します。
なぜなぜ分析実施の考慮事項
以下、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の「表6-10 なぜなぜ分析実施の考慮事項」を引用します。
実際やってみると、意外に難しいものです。
考慮事項 | 解説 |
---|---|
「追及」ではなく「追求」を行う | 「なぜそんなことをしたのか(追及)」ではなく、「なぜそうなったのか(追求)」の観点で要因を掘り下げる。 |
関係者(当事者等)は協力者と考える | 関係者(当事者等)に話を聞く時は責めるような気持ちは一切排除する。関係者(当事者等)は調査・分析への情報提供者であり、ヒューマンエラーの防止対策を検討する協力者と考える。 |
関係者(当事者等)自身がやってみる | 本人の自己反省も兼ねて、関係者(当事者等)自身でなぜなぜ分析を実施することで、自己を客観的に捉え、自己の周囲の要因に対する気付き力を養うことができる。 |
最初の「なぜ」の書き出しを工夫する |
関係者(当事者等)でなぜなぜ分析をすると、自己反省が中心になり、最初の「なぜ」の書き出しに難を感じる場合がある。 このとき、要因分類(システム要因、組織要因、個人要因)や、m-SHEL、4M などの視点で、最初の「なぜ」を書き出すようにすると、本人の周囲に視点が向き、書き出しやすくなる。 |
「言い訳」を歓迎する |
関係者(当事者)の言い訳(本人の周囲にある問題点)こそが、要因抽出のもととなる重要な情報となる。言い訳が多ければ「どうすべきであったか」の選択肢が広がる。 推定される要因(「カモしれない」)も含めて抽出するとよい。 |
「なぜなぜ」の回数にこだわらない | 「なぜなぜは5 回程度繰り返す」等、回数や体裁にこだわると、同じことの言い換え、繰り返しになり、本質をついたなぜなぜ分析にならない。 |
第三者(品証部門等)も加わる | 第三者(品証部門等)も加わって実施し、自己反省的ではなく、システム面や管理面でどうすべきかという対策志向の視点で進めることが必要である。 |
出典:JAXA安全・信頼性推進部のWebサイトのJAXA共通技術文書「JERG-0-018 ヒューマンファクタ分析ハンドブック」(p.34)より
「なぜなぜ分析」の参考書籍
「なぜなぜ分析」の参考書籍を紹介します。
- 「なぜなぜ分析 徹底活用術―「なぜ?」から始まる職場の改善」
「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の参考文献です。
- 「なぜなぜ分析10則―真の論理力を鍛える」
小倉 仁志さんの本で、2009年出版でずいぶん古いのですが、分かりやすかったです。
PSF法
PSF法(Performance Shaping Factors)は、ヒューマンエラーの要因になりそうな項目を予めリスト化したもの(以下「PSF リファレンス・リスト」という)を使った要因抽出手法です。
- PSF リファレンス・リストを用いることで、網羅的に要因を抽出することができます。
PSF法については、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」で詳しく説明されていますし、「付録I PSFリファレンス・リスト」があります。
- 「付録I PSFリファレンス・リスト」は、宇宙開発関連業務向けに作成されたものですが、「設計」/「製造」/「検査・試験」/「運用・保守」の作業フェーズ別のリストとなっていまます。
ということで、PSF法については、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」をご参照ください。
宇宙開発関連業務向け以外でも参考になると考えています。
まとめ
航空・宇宙のモノづくりにおいて、実際どのようなことが求められているのかを知るヒントとして、日本の宇宙開発の主役である宇宙航空研究開発機構(JAXA)で公開されている「JAXA共通技術文書」の中に、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」があります。
ここでは、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」を参考にして、モノづくりの不具合の1つでありながら、非常に悩ましい課題でもあるヒューマンエラーの分析について、以下の項目で説明しました。
航空・宇宙のモノづくりにおける品質保証の一端を知るきっかけにもなりますし、航空・宇宙以外のモノづくりの参考やヒントにもなるのではないでしょうか。
- ヒューマンエラー分析の前に
- ヒューマンファクタ分析ハンドブック(JAXA共通技術文書)とは
- ヒューマンエラー起因不具合の分析方法
- 不具合に至る経緯の整理と問題点の識別方法
- バリエーションツリーといきさつダイヤグラムの使い分け
- バリエーションツリーといきさつダイヤグラムの使い分け
- バリエーションツリー
- バリエーションツリーの基本的な考え方
- 不具合調査時の心構え:不具合調査の8ヶ条
- いきさつダイヤグラム
- バリエーションツリーといきさつダイヤグラムの使い分け
- 問題点に対する要因の抽出方法
- なぜなぜ分析
- なぜなぜ分析実施の考慮事項
- 「なぜなぜ分析」の参考書籍
- PSF法
- なぜなぜ分析