2020年版の「ものづくり白書」が公開されています。(以下、モノづくり白書2020と呼びます。)
マネジメントレビューの参考になればと思い、まずは目次に目を通すことから始め、気になったところについてまとめています。
ここでは、現在の不確実な世界における企業変革力についてまとめています。
不確実な世界における企業の経営戦略
ものづくり白書2020では、
「不確実性が著しく高まっている世界で、日本の製造業はどう進むべきか。非常に難しい課題ではあるが、この課題を考えるに当たって注目すべき戦略経営論がある。」
としています。
不確実な世界は今更始まったわけではなく、2000年代頃には変化の時代と言われていたように思います。そこに、「注目すべき戦略経営論がある」と言われても、そもそも戦略と呼べるものがあるかどうかあやしい中小企業に対し、何を提言する(勧める)つもりなのだろうかと思いつつ読み進めました。
ものづくり白書2020では、「ダイナミック・ケイパビリティ論」という戦略経営論について説明していますのでここで、簡単に私見を交えながら説明します。
「ダイナミック・ケイパビリティ」とは、白書では「企業変革力」と訳されており、次の様な意味合いで、モノづくりメーカーが、現在の環境や状況の変化に対応し存続する(生き残る)ために役立つ理論の1つが、「ダイナミック・ケイパビリティ論」です。
企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)とは
ケイパビリティ(Capability)とは、能力のことです。
企業の能力は、
- オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)
- ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)
の2つに分けることができます。
通常能力とは、次の様なものであり、
- 与えられた経営資源をより効率的に利用して、利益を最大化しようとする能力
- 労働生産性や在庫回転率のように、特定の作業要件に関して測定できるもの
- ベスト・プラクティスとしてベンチマーク化され得るもの
「ものごとを正しく行うこと」を意味するものです。
企業にとってこの様な通常能力を高めることが根本的に重要なことは明らかです。
しかし、ベンチマーク化されるようなベスト・プラクティス(ビジネスモデルの様なもの)は、他企業が真似をしやすく現在のぐるーばる化された世界では急速に真似をされてひろがってしまうため、企業は通常能力だけでは競争力を維持することができません。
つまり、企業は通常能力だけでは、持続可能な競争力を獲得することができないということです。
また、企業の通常の能力では、現在の様な環境や状況に想定外の変化が起きた場合に、いかに対応すべきかは分かりません。かえって、企業にとってのベスト・プラクティスが磨き上げられてしまうと、これを変えるためのコストが高くなり、現状維持の方が経済的には合理的であるといった誤った結論を導く恐れさえあります。
これは、通常能力という自社の強みが弱みに転じてしまい、企業存続が危うくなることがある理由でもあります。
この様に、日本の製造業が優れた通常能力を持っているにもかかわらず、環境や状況の想定外の変化によって、一瞬にして競争力を失うことも想定されます。
では、どうするか?
この問いに答えるものが企業変革力です。
環境や状況の変化に応じて、企業内外の資源を再構成して、自己を変革する企業変革力を高めることが重要になってきます。
企業変革力は通常能力に代わるものではなく、企業に必要な基本的な能力です。
企業変革力とは、これまでの企業活動が、現在の環境や状況の変化に適合しなくなったかどうかを常に批判的に感知し、適合しなくなったと判断したならば、適合するように企業を変革するための能力です。
変革されたことにより、企業には新たに構築された通常能力が備わり、再度効率性を追求していくことになります。
企業変革力は、さらに3つの能力に分類することができます。
- 感知(センシング)
- 脅威や危機を感知する能力
- 捕捉(シージング)
- 機会を捉え、既存の資産・知識・技術を再構成して競争力を獲得する能力
- 変容(トランスフォーミング)
- 競争力を持続的なものにするために、組織全体を刷新し、変容する能力
感知、補足、変容と言葉は難しいかもしれませんが、企業が変わるために必要な能力であることは分かるかと思います。
企業変革力の必要性については理解できますが、これを中小のモノづくりメーカーがどうやって実現していくかは、簡単ではなさそうです。
乱暴な言い方をすれば、社長次第ということになるのでしょう。
会社の経営と商品開発とは同列に比較できるものではないのかもしれませんが、環境の変化により変わってきたお客様のニーズを捉え、使える社内外のリソースをうまく組み合わせて、売れる商品を企画するのと似ているようなイメージを持っています。
この様な商品開発ができれば、ニッチな業界でのナンバー1のようなポジションを占めることが、夢ではなく現実的な目標となってくるのではないでしょうか。
参考までに、通常能力と企業変革力の相違点の表をものづくり白書2020から引用します。
|
通常能力 |
企業変革力 |
---|---|---|
目的 |
技能的効率性 |
顧客ニーズとの一致 技術的機会やビジネス機会との一致 |
獲得方法 |
買う、あるいは構築(学習)する |
構築(学習)する |
構成要素 |
オペレーション、管理、ガバナンス |
感知、捕捉、変容 |
ルーティン |
ベスト・プラクティス |
企業固有の文化・遺産 |
経営上の重点 |
コストコントロール |
企業家的な資産の再構成とリーダーシップ |
優先事項 |
「ものごとを正しく行う」 |
「正しいことを行う」 |
模倣可能性 |
比較的模倣できる |
模倣できない |
効率性 |
効率性 |
イノベーション |
価値創造の原理(共特化の原理)
企業変革力の中核にあるのがm、資産を再構成する基本的な能力であるとし、共特化の原理について紹介されています。
共特化の原理とは、2つ以上の相互補完的なものを組み合わせることによって、新たな価値を創造することで、次の様な例があります。
- IT(情報技術)とOT(制御・運用技術)の組み合わせで、IoTという新たな価値を創造し、製造業に大きな変革を引き起こしている。
- プラットフォームビジネスが共特化の原理を巧みに活用したビジネスモデルである。
- プラットフォームビジネスとは、他のプレイヤーが提供する製品・サービス・情報と一緒になって、初めて価値を持つ製品・サービスを提供するようなビジネスのこと
- GAFAをイメージしているのではないかと思います。
日本の製造業の企業変革力
ものづくり白書2020では、日本の製造業は、
- 環境や状況の変化に対応できる高い企業変革力有している可能性がある。
- 通常能力においても優れていると考えられる。
- より長く存続する企業はより高い企業変革力を有していると推測される。
と、どっちつかずではありますが、可能性はあるとしているようです。
企業の通常能力と企業変革力の相対的な高さを比べて、
- 通常能力が高い(=企業変革力が低い)会社は堅固な組織
- 企業変革力が高い(=通常能力が低い)会社は柔軟な組織
に分けると、各々の特徴は以下の様になり、職務権限について両者の違いを述べています。
通常能力が高い(=企業変革力が低い)会社は堅固な組織の特徴
堅固な組織には、次の様な特徴があり、各メンバーに明確な権限が与えられ、各メンバーの成果も明確にり、結果として効率性を追求することができるので、通常能力が高くなる。
- 様々な職務権限を各メンバーに帰属させる。
- 職務権限内容が明確に規定されている。
- メンバーが特定の職務権限を保有する期間が長い。
- 職務権限の配分が公的に正当化されている。
- メンバーがもつ公的資格に合わせて組織内の職務権限が配分される。
反面、新しい生産システムなどを導入しようとすると、各メンバーの権限について全社的な変更が必要となり、大きな変革は避けようとする傾向があるとしています。
企業変革力が高い(=通常能力が低い)会社は柔軟な組織の特徴
柔軟な組織は、次の様な特徴があり、堅固な組織に比べると新しい生産システムなどを導入しやすい構造となっているとしています。
- 職務権限を職務や地位に帰属させて、そこに人間を割り振る。
- 職務権限があいまいに規定されている。
- メンバーが特定の職務権限を保有する期間が短い。
- 職務権限の配分が私的に正当化されている。
- メンバーがもつ公的資格に合わせて組織内の職務権限が配分されない。
反面、柔軟な組織では、各職務権限があいまいであるがゆえに、能力の低いメンバーが温存されやすい傾向があるとしています。
日本の製造業の大企業と中小企業との比較
日本の製造業において、
- 大企業には堅固な組織が多い。
- 中小企業には堅固な組織が少ない。
このため、不確実性に直面している現在、
- 経営資源の少ない中小企業の方が、大企業より大きな変動リスクにされされている。
- 中小企業の方が、柔軟な組織とすることで、企業変革力を確保する傾向にある。
- オーナー企業は、不測の事態に対する柔軟性や俊敏性を重視している。
とものづくり白書2020では分析し、次のように結論づけています。
- 企業変革力を重視する企業は、通常能力も重視する。
- 通常能力を重視する企業にとっては、企業変革力への関心は失いやすい。
したがっれ、製造業の経営戦略としては、
- 企業変革力の強化を優先的な目標とすることで、企業変革力と通常能力の両方の強化を目指すことができる。
ということになろう。
何度読んでも、結論ありきの分析に思えてしまいます。
確かに間違った分析ではないのですが。
サプライチェーンの柔軟性と産業の多様性
サプライチェーンについても、結果ありきのようで目新しいことはないと考えています。
不確実性に対応するための自己変革は、企業経営のみならず、企業間の取引関係や産業構造における企業変革力も高める必要があります。
日本の製造業のサプライチェーンは、
- 効率性、通常能力の観点からは優れている。
- 不測の環境変化に対応する企業変革力の観点からは難があったといえる。
とものづくり白書では分析していますが、新型コロナによる影響を例にしても、少なくとも製造業はできうる範囲での対応はしていたのではないかと考えています。
マスク生産が一例になるかどうかは別にしても、コロナ後やコロナと共にの時代に対応しようとしていたのではないでしょうか。
日本の製造業のサプライチェーンを強化する要素
日本の製造業の産業構造の企業変革力を改善して、サプライチェーンの脆弱性を克服するための7つの要素を、以下に列挙します。
- ①リスクガバナンス
- リスクマネジメントの体制、プロセス、文化が存在している。
- ②製品、ネットワーク、プロセス構造の柔軟性と冗長性
- サプライチェーンの寸断への備え、変化への適応が可能なバリューチェーン上の柔軟性と冗長性を有している。
- ③サプライチェーン上のパートナーとの提携
- 重要な企業活動領域における戦略的提携、新たなパターンの認識とより高い価値の提供に向けた前進がなされている。
- ④サプライチェーンにおける上流・下流の統合
- サプライチェーンにおける上流・下流間での情報共有、可視化、協業を行っている。
- ⑤社内業務機能の統合
- 戦略・戦術・業務レベルでバリューチェーンの機能が統合されている。
- ⑥複雑性のマネジメント
- ネットワーク、プロセス、インターフェース、製品構造、製品ポートフォリオ、業務モデルの標準化及び簡素化がなされている。
- ⑦データ、モデル、分析力
- サプライチェーン及びリスクマネジメント機能をサポートするために、知見の蓄積と利用がなされ、分析力がある。
上記の要素の内、とくに②の柔軟性を確保するためには、次の様なサプライチェーンの再構築が挙げられます。
- 生産拠点や調達先の国内回帰を含む多様化
- バックアップとしての在庫の確保
柔軟性等の確保にはコストがかかり、短期的な効率性が犠牲になる場合も想定されます。
現在の様に不確実性の時代においては、効率性だけでなく、柔軟性等も考慮に入れて、サプライチェーンを再構築する必要性については、理解できますが、次の様に結論づけてしまうのは机上の空論のように思えてしまいます。
- 地方や中小企業の力を活かして「多様性」を高めるという成長戦略は、産業構造の企業変革力を高める上でも重要であると考えられる。
製造業のデジタル化
製造業のデジタル化については、2000年代にパソコンの急激な性能向上と低価格化により、3D CADやシミュレーションツール(CAE)の導入が進みました。
しかし、その後設計力の強化につながったというような成功例はあまり目にすることがなく、図面が手書きからパソコンのCADへ、CADは2D(2次元)から3D(3次元)へとツールが変わりました。
しかし、
- 3D CADによる図形作成工数の増加が、設計現場にモデラーを産むというマイナス面で設計現場は忙しいが肝心の設計力はむしろ劣化している。
- 3D CADによる形状モデルを利用したシミュレーションによる事前検討による開発のフロントローディング化が一向に進まない。
といったところが多いようです。
ものづくり白書2020では、日本の製造業のIT投資について、米国企業(なぜ米国なのかは疑問に残りますが)と比べ、次の様な状況であるとしています。
- 「業務効率化/コスト削減」のための「守りのIT投資」に重点を置いている。
- ITを活用した新たなビジネスモデルの構築やサービスの開発を行うための「攻めのIT投資」が進んでいない。
IT投資の目的については、
- 業務効率化やコスト削減
- 旧来型の基幹系システムの更新や維持を重視
ということで、
- 設備の安定稼働や品質管理体制の強化
- 人手不足問題の克服
を目的とした、IoT、AIを始めとするデジタル技術の有効性が生かされていないというのは残念な結果です。
ただし、業務効率化、コスト削減、安定稼働、品質管理は、与えられた経営資源をより効率的に利用するオーディナリー・ケイパビリティに属するものである。
デジタル技術が製造業にもたらす恩恵は、通常能力の強化だけでなく、環境や状況の変革に対応する企業変革力も高めることができます。
企業変革力には、「感知」、「捕捉」、「変容」の3つの能力に分類できることを前述しましたが、デジタル技術は、この3つの能力をお増幅させることができるからです。
「感知」の能力の向上例
「感知」とは脅威や危機を感知する能力のことです。
企業変革力を発揮するスタート地点になります。
デジタル技術による「感知」の能力を高める例には次のようなものがあります。
- デジタル技術を活用したデータの収集・分析
- AI は、環境や状況の変化を予測した不確実性の低減
「捕捉」の能力の向上例
「捕捉」、すなわち機会を捉え、既存の資産・知識・技術を再構成する能力を高める上で、リアルタイム・データの収集・分析は非常に強力な武器となります。
例えば、
- デジタル技術を活用して販売した製品からデータを収集して、顧客にサービスを提供する製造業の製品を通じた顧客へのサービスの提供は、顧客ニーズの機会を捉えて、製造業の資産・知識・技術を再構成して顧客体験価値の創造につながります。
- 製造業のデジタル化により、多品種少量生産やマスタマイズが可能となり、個別の顧客ニーズに対し機会を逃さず捕捉することができます。
「変容」の能力の向上例
「変容」は、競争力を持続的なものにするために、組織全体を刷新し、変容する能力のことです。
ものづくり白書2020では、デジタル技術による「変容」こそが、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション」であるとしています。
日本の製造業におけるデジタル化の課題
デジタル技術は、製造業の通常能力に加え、企業変革力をも高める上大きな可能性を秘めていますが、日本の製造業の多くの現状は次の様なものです。
- IT投資の主な目的は、業務効率化やコスト削減や旧来型の基幹系システムの更新や維持にあるとしている。
- 企業変革力の強化のためにデジタル技術を十分に活用しているとは言い難い。
デジタル技術の活用により企業変革力を高めることができれば、不確実性の高い世界においても、競争力を維持し、場合によっては強化することすら可能になります。
だからこそ、デジタル技術を徹底的に利活用することにより、企業の通常能力に加え、企業変革力を強化することこそ、不確実性の高い世界における我が国製造業のとるべき戦略であると結論づけています。
結論があるべき姿になってしまっているのは、残念です。
まとめ
ものづくり白書2020の不確実な世界における企業変革力について、以下の項目でまとめました。
- 不確実な世界における企業の経営戦略
- 企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)とは
- 価値創造の原理(共特化の原理)
- 日本の製造業の企業変革力
- 通常能力が高い(=企業変革力が低い)会社は堅固な組織の特徴
- 企業変革力が高い(=通常能力が低い)会社は柔軟な組織の特徴
- 日本の製造業の大企業と中小企業との比較
- サプライチェーンの柔軟性と産業の多様性
- 日本の製造業のサプライチェーンを強化する要素
- 製造業のデジタル化
- 「感知」の能力の向上例
- 「捕捉」の能力の向上例
- 「変容」の能力の向上例
- 日本の製造業におけるデジタル化の課題