航空・宇宙のモノづくりにおいて、実際どのようなことが求められているのかを知るヒントとして、日本の宇宙開発の主役である宇宙航空研究開発機構(JAXA)で公開されている「JAXA共通技術文書」の中に、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」があります。
ここでは、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」を参考にして、モノづくりの不具合の1つでありながら、非常に悩ましい課題でもあるヒューマンエラーの要因についてまとめています。
ヒューマンエラーの要因を、システム要因、組織要因、個人要因と3つに分けたり、4MがMan、Machine、Media、Managementだったりと、航空・宇宙のモノづくりにおける品質保証の一端を知るきっかけにもなりますし、航空・宇宙以外のモノづくりの参考やヒントにもなるのではないでしょうか。
ヒューマンエラーが起きる要因
不具合の原因を調べていくと、ヒューマンエラーが原因となる場合が少なくありません。
ヒューマンエラーが原因と分かると、ミスをした個人を注目しがちですが、ミスをした個人が置かれていた環境によりヒューマンエラーが発生したと考えることも必要です。
また、不具合はたった1つのヒューマンエラーによって発生する場合は少なく、いくつかのヒューマンエラーを含む小さなミスが重なって、結果的に不具合となる場合が多いものです。
ヒューマンエラーの対策が難しい理由の1つに、複数の原因が関連していますが、すべての原因を漏れなく見つけることは簡単ではありません。
そこで、以下について説明します。
- ヒューマンエラーの原因の分類方法
- 宇宙開発関連業務に関わるヒューマンエラーの例
- ヒューマンエラーの原因を取り除く方法
ヒューマンファクタ分析ハンドブック(JAXA共通技術文書)とは
JAXA安全・信頼性推進部のWebサイトには、JAXA共通技術文書が公開されています。
JAXA共通技術文書の中から、「2.技術要求・ガイドライン文書」の「1.共通」の1つに文書に、「JERG-0-018 ヒューマンファクタ分析ハンドブック」があります。
ヒューマンエラーの原因の分類方法
ヒューマンエラーの原因を分類する方法(原因の分け方)には様々なものがあります。
「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」で紹介されているヒューマンエラーの分類法を以下に紹介します。
システム要因、組織要因、個人要因の3つに分ける方法
ヒューマンエラーの要因を3つに分けた、システム要因、組織要因、個人要因とは、以下の通りです。
- ①システム要因:作業要因、環境要因等、仕事のしやすさ等に係わる要因
- ②組織要因:管理要因、職場要因、コミュニケーション等、マネジメントに係わる要因
- ③個人要因:心理的負担、作業遂行能力等、作業者本人に係わる要因
一般的なモノづくりでのヒューマンエラーの要因としては、以下のことだと考えています。
システム要因とは、作業環境のことです。作業現場の環境、作業に使う設備・工具・ジグ等、作業の難しさやコツなど作業そのものに関すること。
組織要因とは、作業に関連する人間関係のことです。人間関係の範囲は、作業現場、いくつかの作業現場全体(工場全体といったイメージ)、工場と管理部署、会社全体が考えられ、これらの範囲でのコミュニケーションや指揮系統(マネジメント)に関することです。
個人要因とは、個人に関することです。個人の健康状態やメンタル。作業に必要な力量(スキル)などに関することです。
表1は、システム要因、組織要因、個人要因の3分類の例です。
下表は、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の「表5-2 3分類における要因例」を参考に、システム要因、組織要因、個人要因に分けて、私が分かりやすいと思う表現に変更しています。
システム要因とヒューマンエラーの原因
要因 | 分類 | ヒューマンエラーの原因の例 |
---|---|---|
作業要因 | 難しさ | 解釈(理解)、判断、予測の難しさ。作業精度の厳しさ等 |
作業負荷 | 体力が必要(筋力)、繰り返し、(きつい)姿勢等 | |
並行作業、突発的作業 | 並行作業、予定外や突発的に発生する作業等 | |
マン・マシン・インタフェース | 表示、道具や操作器具などの不備、レイアウトの問題、設備不具合等 | |
環境要因 | 空間(場所) | 狭い、足場が悪い、高所、期間場場所、天井や床面の作業等 |
装備 | 防護具や安全装備の不具合 | |
騒音、温度 | 照明不足、暑い・寒い、湿度が高い、騒音等 |
組織要因とヒューマンエラーの原因
要因 | 分類 | ヒューマンエラーの原因の例 |
---|---|---|
職場要因 | チーム構成(メンバー) | チームメンバーの人選、指揮系統や役割分担が不明確 |
コミュニケーション | 報告・連絡や指示・指導が不明確、引継ぎ(申し送り)の漏れ、情報共有の不足、連携(共同作業)ができていない等 | |
管理要因 | モラル | ポリシーや価値観の違い(偏り)、ヒューマンエラー防止に対し無関心等 |
教育・訓練 | 職場訓練、技能訓練ができていない。(OJTという名の放置) | |
管理規定等 | 作業手順書、操作マニュアルなどが使えない。図面誤り。作業計画が不適切。書類や物品の管理ができていない。変更管理ができていない等 |
個人要因とヒューマンエラーの原因
要因 | 分類 | ヒューマンエラーの原因の例 |
---|---|---|
個人要因 | 心理的負担 | 時間的制約(焦り)、単調な作業で飽きる。失敗への恐怖感、精神的に余裕がない。作業環境により集中できない、逆に集中し過ぎ等。 |
生理的負担 | 作業状況によるストレス、疲労、夜間作業等 | |
作業遂行能力(力量) | 不慣れな作業、経験不足、知識・技能(力量)不足、作業意欲等 |
4M(Man、Machine、Media、Management)
システム要因、組織要因、個人要因の3つに分ける方法による分類方法の他、以下の3つの分類方法が紹介されています。
- 4M(Man、Machine、Media、Management)
- m-SHEL
- PSF リファレンス・リスト
4Mについては、以下の定義と考えていました。
要素 | 例示 |
---|---|
ヒト(Man) | ヒト(作業者)が不慣れなためバリが出た。 |
モノ(材料)(Material) | 材料を間違えた。 |
設備(Machine) | 機械の故障 |
方法(Method) | 作業指示が変更されていたが気づかなかった。 |
「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」では、一部違う4Mの定義となっていましたので、紹介します。
4Mの定義が、私の知っているものと違っていましたので、下表に「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の「表5-4 (参考)4Mの各要素」抜粋して紹介します。
要素 | 例示 |
---|---|
Man | 作業者本人、上司や同僚などの人間要素 |
Machine | 道具、機械、設備などのハードの要素 |
Media | 照明、騒音、温湿度等の物理的環境、手順などの情報環境、同僚などの人間環境などの様々な環境要素 |
Management | 使役条件、制度や管理体制など、管理的な要素 |
その他の分類方法
システム要因、組織要因、個人要因の3つに分ける方法による分類方法の他、以下の3つの分類方法が紹介されています。
- 4M(Man、Machine、Media、Management)
- m-SHEL
- PSFリファレンス・リスト
m-SHELについては、別途まとめたいと考えています。
PSFリファレンス・リストについては、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」をご参照ください。
下表は、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」の「表5-3 要因の3分類とその他の分類との関係」を参考に、システム要因、組織要因、個人要因に分けたものです。
システム要因とその他の分類との関係
要因 | 4M | m-SHEL | (宇宙用)PSFリファレンスリスト |
---|---|---|---|
作業要因 | Machine | Hardware | b.主体業務 c.分析・評価 f.ツール・部品等 h.作業特性 |
環境要因 | Media(物理的環境) | Environment | j.環境特性 |
- PSF:Performance Shaping Factor(作業阻害要因)
組織要因とその他の分類との関係
要因 | 4M | m-SHEL | (宇宙用)PSFリファレンスリスト |
---|---|---|---|
職場要因 | Man Media(人間環境) |
Liveware(外側のL) | d.コミュニケーション i.職場・組織特性 |
管理要因 | Management Media(情報環境) |
Management Software |
a.基準・規定 e.管理・計画 g.教育・知識・技術 |
個人要因とその他の分類との関係
要因 | 4M | m-SHEL | (宇宙用)PSFリファレンスリスト |
---|---|---|---|
個人要因 | Man | Liveware(中央のL) | b.主体業務 g.教育・知識・技術 |
宇宙開発関連業務に関わるヒューマンエラー
宇宙開発の対象は、ロケット、人工衛星や探査機などです。これらのモノは一度地上から発射され宇宙へと打ち上げられると、当然のことながら直接修理することは困難です。ソフトウェアで対応可能な場合もありますが、ハードウェアは直すことができません。
また、宇宙開発に関連するモノは、開発品を含め少量生産であることから、一度ヒューマンエラーが入り込んでしまうと、後の工程で発見(検出)することが難しい特性もあります。
さらに、ヒューマンエラーに限らず何か対策をする場合でも、設備への対策が難しかったり、老朽化していても使い続けざるえない場合も多いそうです。
仮に、打上げ直前にヒューマンエラー起因の不具合が発生すると、打上げが延期され追加コストが発生し、打上げ失敗は宇宙開発そのものへの国民への信頼に大きく影響すると考えられています。
ヒューマンエラーに対して次の考え方が重要になります。
- 「発生させない」
- 「残さない(自工程)」
- 「持ち込ませない(次工程、他社、射場、軌道上等)」
ヒューマンエラー起因の不具合の再発防止では、ヒューマンエラーの原因をしっかり掘り下げて対策する必要があります。
ヒューマンエラーの未然防止では、事前にヒューマンエラーが起きやすい原因を洗い出し、確実に対策しておく必要があります。
以下、宇宙開発関連業務の特徴とヒューマンエラーが発生しやすい状況の項目を列挙します。各項目にはヒューマンエラーの要因についても書かれていますので、詳細は「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」をご参照ください。
宇宙開発関連業務以外でも不具合防止のヒントになると考えています。
- 新規技術を伴う開発業務における変更、未確定要素の多さ
- 宇宙環境下の使用における制約の多さ
- 開発体制(契約方式)から来るインタフェースの多さ
- 各組織固有の文化(仕事の進め方等)の違い
- 分業作業による使命感の伝わりにくさ
- 過去技術の流用
- 開発体制の変更
- 開発期間の長期化、間隔生産
- 現場環境(作業条件等)の違い
- 作業環境の制約
まとめ
航空・宇宙のモノづくりにおいて、実際どのようなことが求められているのかを知るヒントとして、日本の宇宙開発の主役である宇宙航空研究開発機構(JAXA)で公開されている「JAXA共通技術文書」を読んでいます。
航空・宇宙のモノづくりにおける品質保証の一端を知るきっかけにもなりますし、航空・宇宙以外のモノづくりの参考やヒントにもなるのではないでしょうか。
ここでは、「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」を参考にして、モノづくりの非常に悩ましい課題でもあるヒューマンエラーの要因について、以下の項目でまとめました。
- ヒューマンエラーが起きる要因
- ヒューマンファクタ分析ハンドブック(JAXA共通技術文書)とは
- ヒューマンエラーの原因の分類方法
- システム要因、組織要因、個人要因の3つに分ける方法
- システム要因とヒューマンエラーの原因
- 組織要因とヒューマンエラーの原因
- 個人要因とヒューマンエラーの原因
- 4M(Man、Machine、Media、Management)
- その他の分類方法
- システム要因とその他の分類との関係
- 組織要因とその他の分類との関係
- 個人要因とその他の分類との関係
- システム要因、組織要因、個人要因の3つに分ける方法
- 宇宙開発関連業務に関わるヒューマンエラー